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神戸地方裁判所 昭和29年(ワ)1305号 判決

原告 大崎一郎

被告 辻久株式会社

主文

原告が被告に対し、神戸市葺合区磯上通四丁目三十二番地宅地百五十六坪四合六勺のうち別紙〈省略〉第一図面斜線部分百二十六坪七合四勺の上に、期間本判決確定の日から二十八年十ケ月間、賃料一ケ月三千二百四円毎月二十八日限りその月分を支払う定めによる賃借権を有することを確認する。

被告は原告に対し、同市葺合区磯上通四丁目三十二番地及び同三十五番地の換地予定地である葺合土地区劃整理施行地区街廓番号一〇符合一一坪数百八十八坪のうち、別紙第二図面斜線部分八十八坪六合五勺の土地部分を引渡さねばならぬ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

「原告は、大正十二年十月一日訴外九鬼隆輝から、当時同人所有の神戸市葺合区磯上通四丁目三十二番地宅地百五十六坪四合六勺のうち別紙第一図面斜線部分百二十六坪七合四勺の土地を、煉瓦造家屋所有の目的で、賃料月三十八円毎月二十八日までにその月分を支払うこと、賃借期間は前賃借人により既に経過した賃借期間を除外して大正十二年十一月一日より昭和十九年十月末日までとする約束で賃借し、その地上に煉瓦造瓦葺二階建本家一棟建坪四十坪一合二階坪四十坪一合及び煉瓦造瓦葺二階建本家一棟建坪十九坪八合二階坪十九坪八合の建物を所有していたが、昭和八年四月十日九鬼隆輝が右賃貸借に伴う賃貸人の権利義務を被告が承継することを売買契約の要素として、右宅地を被告に売渡したので、原告は右承継を承諾すると共に、更に被告の要求により賃貸借契約書を差入れ、改めて被告との間に前同様の期間の定めによる賃貸借契約を締結した。その後昭和十九年十月末日の賃貸借期間満了の際、右地上建物は朽廃せず、原告において右賃借地の使用を継続したが、被告は何等異議を述べず賃料の受領を継続したので、借地法第六条の規定により原被告間に前賃貸借契約と同一条件で更に賃貸借契約を締結したものとみなされ、その存続期間は同年十一月一日より三十ケ年間となつたところ、右地上建物は昭和二十年三月十七日の戦災で煉瓦の外壁のみ残して焼失したため、原告は右賃借地を使用もせず又これを被告に返還もせず一時放置しているうちに、右賃借地は昭和二十一年一月一日より進駐軍に接収されるところとなつた。その後接収解除に伴い右賃借地は昭和二十九年十一月二十二日所有者である被告に返還されるとともに、神戸市における土地区劃整理により同日右賃借地を含む神戸市葺合区磯上通四丁目三十二番地宅地百五十六坪四合六勺及び別に被告所有の同三十五番地宅地百十二坪を一括してこれに対する換地予定地として葺合土地区劃整理施行地区街廓番号一〇符合一一坪数百八十八坪が指定され、その使用開始日を同年十二月十日と定められた。よつて原告は同日以降従前の土地に存する前記賃借権に基き右換地予定地を使用収益することができるのであるが、原告賃借にかゝる百二十六坪七合四勺に対する換地予定地の面積は八十八坪六合五勺であつて従前の賃借部分を右面積によつて換地予定地に割当ると別紙第二図面斜線の土地部分に該当する。然るに被告は原告の右賃借権の存在を争い右原告の使用すべき部分を引渡さないために紛争を生じた結果、原被告双方より互に仮処分の申請がなされ、神戸地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第六五六号及び六五九号として係属したが、昭和二十九年十二月二十四日原被告間に右換地予定地の内八十八坪六合五勺の部分については原告が被告に対して提起した本件賃借権確認訴訟の判決が確定するまで双方共に工作物の設置その他用法の如何を問わずこれを使用しない旨の裁判上の和解が成立し、よつて右土地部分は現在空地のまゝ存置されている。そこで原告は従前の土地に存する前記賃借権の確認を求めるとゝもに、被告に対し換地予定地中の右八十八坪六合五勺の土地部分の引渡を求めるのであるが、右賃借権の存続期間については昭和十九年十一月一日より三十年間となつていたことは上記のとおりであるところ、同日より一年二ケ月経過した昭和二十一年一月一日より進駐軍に接収され、その後原被告間に前記和解が成立した際これに附随して本件判決確定の日までは右賃借権に関する期間の進行を停止することとする暗黙の合意が当事者間に成立したのでありかりにかゝる暗黙の合意がないとしても前記和解の全趣旨として条理上当然に右のように解さるべきであり、従つて右賃借権の存続期間は本件判決確定の日以降三十年より既に経過した一年二ケ月間を控除した二十八年十ケ月間であり又その賃料は右従前の賃借地を含む宅地百五十六坪四合六勺の昭和二十九年度評価額百三万二千六百三十六円から算出した賃料統制額三千二百四円によるべきものである。」と述べ、被告の抗弁に対し、建物保護に関する法律(以下建物保護法と略称する)は土地の賃借人と右土地を新に取得した第三者との間に右土地の使用に関する契約関係が発生しない場合にその適用をみるのであるが、これを本件についてみると、訴外九鬼隆輝が昭和八年四月十日原告賃借中の右宅地を被告に売渡した右売買契約は原告との間に存する賃貸借に関する賃貸人の権利義務を被告が承継することをその要素としてなされたものであつて原告は右賃貸人たる地位を承継した被告の要求により改めて被告との間に前同様の期間の定による賃貸借契約を締結したことは上述したとおりであるから原被告間の賃貸借は右直接の契約関係に基くものであつて、建物保護法を適用する余地がなく、従つて原告は同法第一条第二項により右地上建物の滅失後の期間を以て被告に対抗できないとする被告の主張は失当である。またかりに昭和八年四月被告が右宅地を買受けた際に同法の適用を受ける関係にあつたとしても、右賃貸借は上記の如く昭和十九年十月末日を以て消滅し、借地法第六条により更に同一の条件を以て賃借権を設定したものとみなされるに至つたのであるから、爾後の原被告間の賃貸借は専ら借地法の規定に服し、建物保護法はその適用の余地がなきに至つたものであるから被告の右主張はやはり失当である。」と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告主張事実中、原告が原告主張の日訴外九鬼隆輝から神戸市葺合区磯上通四丁目三十二番地宅地百五十六坪四合六勺のうち原告主張の百二十六坪七合四勺をその主張の如き約束で賃借し、その地上に原告主張の各建物を所有していたこと、昭和八年四月十日被告が九鬼隆輝から右宅地を買受けたことにより原被告間に存続期間昭和十九年十月末日までの賃貸借関係が生じたこと、右期間満了後も原告が土地の使用を継続していたのに対して被告は異議を述べなかつたことにより右賃貸借関係は前記期間の満了と共に前同一の条件により更新せられ従つてその存続期間は同年十一月一日より三十年となつたこと、然るに昭和二十年三月十七日右地上建物は戦災によつて滅失し、その後原告が右賃借地を使用せず一時放置しているうちに、昭和二十一年一月一日進駐軍によつて右土地が接収されたこと、その後昭和二十九年十一月二十二日接収解除により右土地が被告に返還されるとともに、神戸市における土地区劃整理により同日右三十二番地の宅地百五十六坪四合六勺外一筆を一括して原告主張の如き換地予定地の指定がなされ、その使用開始日が同年十二月十日と定められたこと、右換地予定地は被告においてこれを占有していたところ、原被告間に賃借権の存否につき争を生じ、原被告双方より互に仮処分申請がなされ、同年十二月二十四日原告主張の如き和解が成立したこと、仮に原告にその主張するとおりの賃借権があるとすれば、右換地予定地につき原告の使用し得べき部分が原告主張の八十八坪六合五勺の土地部分に該当することはこれを認めるが被告が右土地に関する賃貸人たる地位を承継することを要素としてこれを買受けよつて原告との間に改めて賃貸借契約を締結したこと並に原告との間に前記仮処分事件の和解をするに当つて賃貸借期間の算定について原告の主張するような黙示の合意が成立したことはこれを争う。被告が右土地を買受けた以後における原被告間の賃貸借関係は、原告において右地上に登記した前記各建物を所有していたため、建物保護法第一条により賃借権をもつて原告に対抗することを得、そのため被告が法律上当然に賃貸人の地位を承継するに至つたことによるものであつて、かりにその際原告から被告に対し賃貸借契約書等が差入れられたとするも、それは右建物保護法による賃貸借承継の事実を明白ならしめるために行われたものであるに過ぎず、従つて原被告間の賃貸借関係については全面的に同法が適用されるところ、右地上建物は昭和二十年三月十七日滅失したのであるから同法第一条第二項により原告はその後の賃貸借期間をもつて被告に対抗することができないことは勿論である。原告はかりに原被告間の最初の賃貸借が右法律の適用を受けるものであるとしても、右賃貸借に基く賃借権は昭和十九年十月末日を以て消滅し、その後の賃借権は借地法第六条によつて新に設定されたものとみなされたものであるから、建物保護法第一条第二項は適用されないと主張するが借地法第六条によつて設定されたとみなされる賃借権は存続期間以外前契約と同一の条件によるものであるから、前賃借権が建物保護法第一条第二項の制約を受ける賃借権であれば、新に設定される賃借権も同条項の制約を受けるべきは当然である。従つて何れにしても、原告は右建物滅失後の賃貸借期間をもつて被告に対抗することができないから、原告の本訴請求はいずれも失当である。」と述べた。〈立証省略〉

理由

原告が大正十二年十月一日九鬼隆輝から当時同人所有の神戸市葺合区磯上通四丁目三十二番宅地百五十六坪四合六勺の内別紙第一図面斜線部分百二十六坪七合四勺の土地部分を原告主張の約定で賃借し右地上にその主張するとおりの建物を所有していたところ昭和八年四月十日被告が右宅地を買受けたことにより原被告間に存続期間を昭和十九年十月末日迄とする賃貸借関係が生じたこと右期間の満了後も原告が土地の使用を継続していたのに対して被告は異議を述べなかつたことにより右賃貸借関係は前記期間の満了と共に前同一の条件により更新せられ従つてその存続期間は同年十一月一日より三十ケ年となつたこと、然るに右地上建物は昭和二十年三月十七日の戦災により滅失したことは当事者間に争のないところであつて被告は建物保護法第一条第二項によりこの場合原告は、借地権の残存期間を以て被告に対抗することができぬ旨を主張するのに対して原告は右法条の適用なきことを主張するのでこの点について判断するに、原告本人の供述により真正に成立したことを認め得る甲第一号証第二号証の一と成立に争のない甲第二号証の二、第三号証及原告本人訊問の結果を綜合すると九鬼隆輝は昭和八年四月中に同人と原告との間の賃貸借契約上の権利義務を被告が承継することを契約の要素として右宅地を被告に売渡しよつて右賃貸人たる地位を承継した被告の要素によりその頃原告は賃貸借期間を除くその余の契約条項については旧契約書を全面的に書改めたけれども賃借期間の点については九鬼隆輝と原告間の約定のとおり昭和十九年十月末日迄とすることを明記した賃貸借契約書を被告に差入れたことを認めることができるからその後における原被告間の賃貸借関係は右直接の契約関係によるものであつて建物保護法の適用の余地はない如く見えるけれどもこれを仔細に考えて見るに原被告間の右賃貸借契約が締結されたのは昭和八年四月中のことであるのにその存続期間を昭和十九年十月末日迄としたことは原被告間においてやはり建物保護法による借地権の対抗関係を前提として右対抗力の存続する期間内の契約関係を修正したに止まり前の借地権とは全然別箇独立の借地権を成立せしめることを目的としたものでないことが窺はれるから借地権の対抗力制限に関する建物保護法第一条第二項の規定はこの場合にも、もしも建物の朽廃滅失を生じたときやはりその適用を受けるべき関係にあつたものと解すべく従つて原被告間に昭和八年四月前記のような賃貸借関係がなされたとの一事に依拠して以後建物保護法第一条第二項の適用が排除されるに至つたものとする原告の主張は理由がないけれども右原被告間の賃貸借関係については昭和十九年十月末日の期間満了に至る迄に建物の滅失朽廃を生じることなく従つて事実上右法条の適用を見ることなく更新せられ前契約と同一の条件を以て更に借地権を設定したものと見なされるに至つたことが前述したとおりである以上は以後の原被告間の賃貸借関係は右直接の契約関係によるものであつてこれについて建物保護法の適用される余地は全くなきに至つたものとせねばならぬ。被告は右更新前における賃貸借が建物保護法第一条第二項の制約に服するものであつた以上は更新後の賃貸借も同様の制約に服すべきであると主張するが前記更新前の賃貸借について建物保護法第一条第二項の制約が課せられていたことは借地関係の継続中に土地所有者が変更した偶然の事情に基く法律適用の問題であつて借地法第六条にいはゆる契約の「条件」でないことは明かであるから被告の右主張はこれを採用することができぬ。してみると原被告間の賃貸借は昭和二十年三月十七日に地上建物が滅失したことにかかわりなくなお存続しているものとせねばならぬ。

そこで右賃借権の存続期間並に賃料額の点について判断するに前記地上建物の滅失後原告が右賃借地を一時放置している中に昭和二十一年一月一日から右土地が進駐軍に接収されたこと、その後接収解除により昭和二十九年十一月二十二日右土地が被告に返還されたこと並に神戸市における土地区劃整理の結果右賃借地を含む三十二番宅地百五十六坪四合六勺外一筆を一括して原告の主張するとおりの換地予定地の指定がなされその使用開始日を同年十二月十日と定められたこと、然るに右換地予定地の使用権原の有無について争を生じ原被告双方から互に仮処分の申請がなされた結果同年十二月二十四日原被告間に原告の主張するとおりの和解が成立したことは当事者間に争がなく本件弁論の全趣旨に徴すると原被告間の前記和解はこれを要するに原被告間の賃借権確認の本案訴訟が確定するに至るまでは進駐軍の接収下にあると同一の状態を当事者間に継続せしめ以て保全訴訟の面における無用の争を回避することを目的とするものであつて従つて右土地の相互的な不使用を定めた和解条項は進駐軍による接収期間中は当然に賃貸借期間の進行の停止されることを定めた土地工作物使用令の規定と同旨の合意を当然に含むものであつてこれを換言すれば右和解による不使用の期間はこれを賃貸借期間に算入しないことの黙示の合意が当事者間に成立したものと解するを相当とし他に反対に解すべき資料はない。してみると原被告間の前記賃貸借は昭和十九年十一月一日から接収までに経過した一年二ケ月を三十年の賃貸借期間から控除した二十八年十ケ月を本判決確定の日から起算した期間存続するものというべく、なおその賃料額は地代家賃統制令による統制地代額に当る一ケ月金三千二百四円を以て相当とすることは被告において明にこれを争はぬところであるから原告は右期間並に賃料の定により前記換地予定地の内原告の賃借土地部分に対応する部分に当ることが当事者間に争のない別紙第二図面斜線部分八十八坪六合五勺の土地部分を使用収益する権利があるものとせねばならぬ。

そうだとすれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 河野春吉 後岡弘 石松竹雄)

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